ARUKUKI ー春分に考える、はじまりの基準 ー Vol 13.
季節にあわせてわたしたちの近況をお便りにしてお届けします。
春分、はじまりの気配
こんにちは。
季節にあわせてわたしたちの近況をお届けする「ARUKUKI ー 季節のお便り ー 」
本日、春分を迎えました。
昼と夜の長さが等しくなる特別な日です。
今日から、光の世界が少しずつ力強くなってきます。
寒い時期に水面下で育まれてきたものが、いよいよ外に出てくる時。
個人的に、春になると何かを始めたくなります。
今日は、何かを始める時に意識したいことについて書いてみたいと思います。
小さなドーナツ屋さんで感じたこと
立春のメルマガに続き、またまたドーナツの話です。とはいえ、今回フォーカスするのは、オールドファッションドーナツではなく、お店そのものです。
名古屋のドーナツ屋さん「Harissy」
https://www.instagram.com/harissy._/
小さなお店なのですが、入った瞬間に、「おやっ!」と意識が変わります。
いい意味での違和感。
「ん?空気が変わったぞ」という感じ。
NYにあってもおかしくないし、Berlinにあってもおかしくない。なんなら、LondonやParisにあってもおかしくない感じがするのです。
いい意味で名古屋っぽさも、日本ぽさも、ない。
それが、逆に名古屋っぽさでもあり、日本ぽさにもつながっている。
なんだか、不思議な感じがするのです。
壁紙の色や照明、ディスプレイの方法やインテリアなどなども、ドーナツとマッチしています。
どこまで意図的なのかは分からないのですが、世界観が創り込まれているのですよね。
さらに、驚きなのは、お店のグッズです。
イラストレーターのTomo Oriyama さんの描き下ろし絵がプリントされたバンダナとお皿。アート作品のようです。
美術館のミュージアムショップに置かれていても違和感がない感じ。
まだ規模としては小さいお店なのに「ここまでやるんだ」と思いました。
でも、きっと逆なんですよね。
大きくなってからやるのではなく、最初から一流の基準でやっているから、惹きつけられるのでしょう。
ちなみに、Tomo Oriyamaさんは最近、雑誌『BRUTUS』の表紙を飾るなど、注目されている方です。
そんな方と一緒に世界観をつくっていること自体、すでに「どこを目指しているか」が表れています。
一流とはなにか?
ここで、少しだけ「一流」について考えてみたいと思います。
一般的には、一流というのは、その分野で最も優れているレベルとか、社会的評価が高いとか、プロとしての完成度が高いという意味の言葉です。
実は一流という言葉は、文脈によって意味が少し変わる言葉なのですが、どの意味にも共通するのは「高い基準を、安定して再現できる状態」です。
つまり一流とは、どの基準で世界と関わっているか。その一貫性というのが肝なのではないでしょうか。
Harissyいうお店は、まだ小さな存在かもしれません。
しかし、
誰にイラストを依頼するか
どんな形で世界観を届けるか
どこまで美学を貫くか
その一つひとつに、一流の基準が宿っているように感じます。
誕生日に受け取った一流の基準
素敵なグッズ(バンダナとお皿)を、私の誕生日に夫がプレゼントしてくれました。
正直に言うと、私は誕生日に何か「物」をもらうよりも、美味しいごはんを食べたり、のんびりするなど、何かを体験することの方が好きです。
普段はそういう感じの私ですが、このグッズは素直に嬉しかったです。
なぜだろう?と考えてみたところ、気づきがありました。
このグッズはただの「物」ではなく、お店が大切にしているもの、選んでいる基準、世界の見方が表現されているものなんですよね。
端的に表現すれば、経営理念のような魂が込められているのです。
今回のバンダナは、「誕生日プレゼント」をもらった、というより「一流の基準を受け取った」という、そんな感覚でした。
最初の一歩に、すべてが宿る
だから思うのです。一流は、徐々になっていくものではない。最初の一歩の中に、すでに現れている。
その後のすべてのプロセスにも現れている。
どんな基準で選択しているか
どんな言葉を伝えるか
どんなモノをつくるか
どんな関わり方をするか
どんな場所にいくのか
どんな時間を過ごすのか
そのひとつひとつに、その人、その組織の基準はにじみ出るものです。
最後に(問い)
春分は、いよいよ陽の気が強まっていく日。
あなたがこれから何かを始めるとき、どんな基準で始めますか?
その一歩が、これからの流れをつくっていきます。
春分というこの節目が、あなたの一歩を、静かに後押ししてくれますように。
それでは!
こっちゃんでした。
■ おまけ:春分に寄せて、もうひとつの問い
昨日から出張で東京に来ています。この季節のお便りを春分に間に合わせたいと思いながらも、1日の予定を終えて旧友と荻窪「手もみラーメン 十八番」で思い出に浸っていたら日付が変わってしましました。
前回の季節のお便りから2週間とは俄かには信じがたいくらいこの期間にも色々なことが起こりました。その中でも出会った頃にはまだ30代だった妻が、3人の娘たちとともにまたひとつ歳を重ねたことが特に感慨深いです。
今回の季節のお便りで「一流の基準」という言葉を噛み締めながら、もう一つ大切なことを思い出しました。それは「品位(dignity)」です。
一流というと、技術やセンス、完成度の高さに目が向きがちですが、その土台にあるのは「どう生きているか」という日々の姿勢です。そしてそれは、意識しているかどうかに関わらず、選択や振る舞いの端々に必ず現れます。
少し厳しい言い方をすれば、この基準はごまかせません。どれだけ言葉を整えても、どれだけ外側を取り繕っても、どの水準で世界と関わっているかは、静かに滲み出てしまうものです。
だからこそ、一流に触れることには意味があります。それは、技術を学ぶこと以上に、自分の基準の現在地を突きつけられる体験でもあるからです。何ができて、何がまだできないのか。どこまでが自分の専門で、どこからが越境なのか。その輪郭は、他者との違いの中でこそ明らかになります。
同時に思うのは、異なる専門を持つ他者への敬意の大切さです。たとえば、私にとっては妻がそうです。自分とは異なる領域で、異なる基準をもって生きている。そのあり方に触れるたびに、自分の見えていなかった前提や限界に気づかされます。
品位とは、すでにできていることの証明ではなく、こうした差異や限界にsurrendarし、敬意を払いながら、どう向き合うか。その態度の中に現れるものなのかもしれません。
春分という節目に。あなたは、どのような基準で世界と関わっていますか。
おくちゃん(奥野雄貴)
季節のお便りいかがだったでしょうか?
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どうぞこれからも季節のお便りを楽しみにしていてください。
2026.3.20. 春分
ARUKUKI
奥野雄貴 & 松下琴乃
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